秋が深まり冬に移りゆく季節

●霜月(しもつき)
十一月は旧暦で言えば冬、霜が降りると言うので
「霜月」と言うのが最も一般的な呼称です。
また十月が神無月であったのに対し十一月は神々が出雲から帰って来て
それぞれの神社に収まるという意味で「神帰月」「神楽月」などとも言います。
現在では十一月は晩秋、芸術的な香りのする気候であります。
まず「文化の日」があり、文化財保護強調週間、教育文化週間など、
文化の付く行事が多く、十五日には「七五三」があり微笑ましい光景があります。
寒に入る前の最も良い季節と言われています。
秋から冬にかけて心もしっとりする季節。
心が澄み渡るような空気感。
寒さとともに深まる紅葉が目に染み、そして紅葉が散るともう冬です。
立冬を迎え、暦の上では冬となります。
七五三や酉の市で華やぐ中、紅葉から落葉の季節となり
寒い地方には冬将軍が訪れます。
翌年の年賀はがきが発売され下旬には喪中欠礼状が届きはじめます。
別称「霜月」と言うように北の方から寒冷前線が下がってきて
局地的には天候が悪化したり
局地的には天候が悪化したり
月中には霜が降りたりすることがあります。
そして立冬を過ぎると冬が駆け足でやって来ます。
健康上も家事の上でも冬支度の準備を怠りなくして置きましょう。
11月は晩秋から初冬へと季節が移り変わります。
小春日和と呼ばれると呼ばれる暖かな日も訪れますが
立冬(11月7日頃)の頃には北西の季節風である木枯らし1号も吹き始めます。
暖房が欲しくなるのは、朝の最低気温で5~6℃が目安でしょう。
そろそろ暖房器具やコート等の冬支度が必要になってくる時期です。
時候の挨拶
菊薫る候 晩秋の候 深秋の候 向寒の候 紅葉の候 暮秋の候
初霜の候 霜降の候 初冬の候 小春日和の好季 向寒のみぎり
向寒のおりから 朝晩めっきり寒くなって参りました
穏やかな小春日和が続いております 落ち葉舞う季節となりました
日増しに寒さが加わって参りました
季節:初冬(しょとう) ※立冬から大雪の前日まで。
他の別名
神楽月(かぐらづき) 子月(ねづき)
霜降月(しもふりづき)
雪待月(ゆきまちづき)
建子月(けんしげつ)
暢月(ちょうげつ) 達月(たつげつ)
復月(ふくげつ)
神帰月(かみきづき)
天正月(てんしょうづき)


七十二候 時候 期間 季節の変化に伴う自然現象
立冬・初冬 初候 11/7~1 ・山茶花の花が咲き始める頃
初冬 次候 11/12~16 ・大地も凍り始める頃
初冬 末候 11/17~21 ・水仙の花が咲き始める頃
小雪・初冬 初候 11/22~26 ・虹もかからなくなる頃
11月ともなれば、さすがに朝夕は随分冷たいものです。
街路樹の紅葉も美しく、風もないのにはらはらと落葉し
かさこそ乾いた音を立てるのも晩秋の風情ですね。
▪ 立冬の初候、山茶始開(つばきはじめてひらく)
「柴垣を透く日も冬に入りけり」 久保田万太郎
「朝な朝な粥食ふ冬となりにけり」 正岡子規
「山茶花のこゝを書斎と定めたり」 正岡子規
サザンカの花が咲き始める時節。
ここで山茶をつばきと読んでいますがサザンカのことを意味します。
サザンカは朝夕の冷たい空気に誘われるように咲き始め
冬のさなかにも咲き続けます。
▪ 立冬の次候、地始凍(ちはじめてこおる)
大地も凍り始める時節です。
この頃には日も雲も庭も凍りついているように思える日があります。
「凍てきびしかりし名残のある庭に」 稲畑汀子
「里人はしみるといひぬ凍きびし」 高濱虚子
凍るとは水以外のものがこおることをさし
水がこおるのは、氷ると書きます。
水がこおるのは、氷ると書きます。
▪ 立冬の末候、金盞香(きんせんかさく)
金盞とは、黄金の杯のことで水仙の異名。花央の部分を杯に例えています。
香として、咲くことを意味しているのは水仙の香りをあらわしています。
また冬の寒さの中すっと茎を伸ばした凛とした姿が好ましいものです。
「水仙にさはらぬ雲の高さ哉」 正岡子規
初旬はまだ青空高く秋晴れの好天気が続きますが
立冬を過ぎると、朝晩の気温が下がり寒さを感じるようになります。
中旬には霜が降りはじめ、山野や街路樹の木々が
華やかな黄葉や紅葉の色彩りを濃くしていきます。
下旬は落葉が舞い、初雪の便りも聞かれ
寒い冬の到来が近いことを知らせます。
11月は日本の風土を象徴する月ともいえます。
11月は霜月(しもつき)といいます。
霜月について、平安末期の歌人・藤原清輔(ふじわらのきよすけ)は
『奥儀抄(おうぎしょう)』で、「十一月(しもつき)、
霜しきりに降るゆえに霜降月(しもふりつき)といふを誤(あやま)れり」と
多く霜が降る月が誤って霜月になったと記しております。
11月の霜月説はこの藤原清輔の解釈がほぼ定説になっており
異説はあまりありませんが、陽光が弱まり
ものが「凋(しぼ)む月」、が霜月に転訛したとする説があります。
月の別名としては、冬籠りをする前の雪を待つ「雪待月(ゆきまちづき)」、
雪を見る「雪見月(ゆきみづき)」。
10月に出雲に出向いた神々が帰るので「神帰月(かみきづき)」。
収穫感謝と来年の豊作を願う里神楽が各地で催される「神楽月(かぐらづき)」。
10月に出雲に出向いた神々が帰るので「神帰月(かみきづき)」。
収穫感謝と来年の豊作を願う里神楽が各地で催される「神楽月(かぐらづき)」。
昔の歌舞伎役者は芝居小屋と1年契約で、旧暦11月の興行で
華やかにお披露目するところから「顔見世月(かおみせづき)」。
旧暦11月を「子(ね=ねずみ)の月」とも呼び
子の月1日は芝居の世界では元日でした。
ほかに暢月(ちょうげつ)、建子月(けんしづき)、などがあります。

11月は収穫への感謝と来年の豊作予祝の神楽や
関東でとくに盛んな酉の市、全国規模の七五三の宮参りなどを眼にします。
宮中では最も重儀とされる新嘗祭(にいなめさい)
その前日には秘儀・鎮魂祭などがあります。
酉の市は本来、酉待(とりまち)と云いました。
まちは祭りを意味する古語で、「とりのまつり」の転訛したものです。
大阪の大鳥神社から関東に勧請された鷲(おおとり=大鳥)神社系で
11月の酉の日に行なわれる祭礼です。
酉の日は12日に一度巡ってきます。
酉の日は12日に一度巡ってきます。
たいていは月に二回ですが、一の酉が月初めにあると
二の酉、三の酉まであります。三の酉まである年は活気がありすぎて
火事が多いという俗説があります。


■秋の暮
“春はあけぼの”と書いた清少納言が“秋は夕暮”と讃えています。
「夕日が射して山の端に沈もうとしている頃、夕焼けを背景にした烏が
ねぐらに帰ろうとして三羽四羽、あるいは二羽が
思い思いに連れだって急ぐのも感慨深い。まして雁などが列になって
小さく見えたりするのは興趣がそそられる」と書いていますが
小さく見えたりするのは興趣がそそられる」と書いていますが
人生をこの季節に重ねて思うひととき、多くの人が詩人になるようです。
「この道や行く人なしに秋の暮」 芭蕉
寒さとともに深まる紅葉が目に染み、そして紅葉が散るともう冬です。
立冬を迎え、暦の上では冬となります。
11月ともなれば、さすがに朝夕は随分冷たいものです。
街路樹の紅葉も美しく、風もないのにはらはらと落葉し
かさこそ乾いた音を立てるのも晩秋の風情。

文化の日
11月3日。「自由と平和を愛し、文化を薦める」ことを趣旨とした国民の祝日。
1946年に日本国憲法が公布された日で、日本国憲法が平和と文化を
重視しているということでから「文化の日」に定められました。
※日本国憲法は半年後の1947年5月3日(憲法記念日)に施行されました。
この日皇居では文化勲章の授与式が行われます。
立冬(りっとう)
二十四節気の一つで十一月七、八日頃にあたり
「冬に入る最初の日」を意味します。実際にはまだ秋の気配が残っており
朝夕の冷え込みで、冬が真近に来ていると感じられる頃です。
小春日和(こはるびより)
立冬を過ぎて、景色も日増しに冬めいてくる中で
ぽっかりと春を思わせる陽気になることがあります。これを「小春日和」といい
アメリカでは「インディアンサマー」、ドイツでは「老夫婦の夏」と呼んでいます。

山茶花梅雨(さざんかつゆ)
立冬を過ぎる頃に降り続く雨を「山茶花梅雨」と呼びます。
秋と冬の境目の季節で、ちょうど山茶花の真っ赤な花が
つぼみを開き始める頃に降る雨です。梅雨と言っても、それほど長く降り続くことはなく
春の「菜種梅雨」(なたねづゆ)に対してつけられた、冬を告げる雨と言われています。
七五三
「七五三」のしきたりが定着したのは、江戸時代に入ってからと言われ
起こりは明らかに農村における氏神信仰にあると言われています。
子供が生まれると、無事に成長するようにと祈願するために神社に参拝しました。
これを「御宮参り」と言います。 三歳になるとこれまで紐(ひも)を付けて
結んでおかなければならなかった着物の
それを取り外すことができるようになったことや
髪が束ねることが出来るほどに伸びたことなどからこれまでの成長の感謝と
今後への祈願のためにお参りをしました。
五歳になると、それまで区別のなかった着物が、男の子用、女の子用と
着せてもらえるようになりました。それを祝って、女の子は着飾り
男の子は裃(かみしも)を着け、袴をはいて氏神に詣でました。
七歳になると、女の子は子供っぽい帯をやめ、帯も着物も女性らしい物にし
男の子は一族の長老に晴れ着を着せてもらい、帯も新しくし
氏神詣での後、祝宴を開きました。こうして男女とも七歳になると
正式に氏神の氏子となり、社会人候補として認められました。
日本の氏神の祭日は、収穫祭としての意味も兼ねて11月に行われることが多く
旧暦の15日は満月でおめでたいとされ、11月15日に
七五三が行われるようになったと言われています。

11月に欠かせない年中行事が
7歳5歳3歳の成長を祝う七五三の社寺詣で風景。
晴着をきて長寿の象徴の鶴亀で彩色された千歳飴を手にする子どもの姿を
現在では全国で見られますが、これも元は関東地方の風習でした。
男子が3歳と5歳、女子は3歳と7歳の年の11月15日に祝います。
本来は数え年でしたが、現在は満年齢が主流のようです。
3歳でそれまで剃っていた髪を伸ばす「髪置(かみおき)」。
子供が白髪になるまで長生きするようにと
白髪に見立てた綿帽子を頭に被せます。
白髪に見立てた綿帽子を頭に被せます。
長寿のひとが頭の綿を載せる髪置親を務めます。
5歳が冠を着け、初めて袴をはく「袴着(はかまぎ)」。
袴の腰紐を結ぶ役が袴親で冠をかぶせるのが冠親。
どちらの役も地位の高いひとが務め
袴の腰紐を結ぶ役が袴親で冠をかぶせるのが冠親。
どちらの役も地位の高いひとが務め
とくに冠親は生涯にわたっての後見人と見なされました。
冠を着け“勝負の場”の碁盤の上で吉方を向き
四方を制するための神を拝む儀式も行われました。
7歳が帯解(おびとき)。女子は紐付きの着物から本仕立ての着物と
丸帯の大人の装いになります。この儀式で帯を贈った女性は生涯
母親代わりになると言われます。
7歳になると産土社の氏子として認められました。
それまでの公家や武家社会の儀式は、5代将軍綱吉が行った
子の徳松の祝儀が現在の七五三の由来とされ、江戸中期以降に広まり
明治・大正の頃からさらに盛んになります。

勤労感謝の日(11月23日)

勤労感謝の日(11月23日)
「勤労を尊び、生産の豊かなことを祝い
国民が互いに感謝しあう日」と言う趣旨により昭和二十三年に制定されました。
もともとこの日は「新嘗祭」(にいなめさい)と呼ばれる祝祭日で
その年の新穀を天皇が宮中で神殿に供え、感謝するという儀式でしたが
国内の神社もこれに習い民間でも農耕儀礼の一つとして重要な祭日とされました。
昔は、新嘗祭は十一月の卯の日に行われていましたが
太陽暦を取り入れてから二十三日なりました。
【新嘗祭(にいなめさい)】
「しんじょうさい」とも呼びます。
11月23日(明治5年の改暦以前は11月の第2の卯の日)に天皇が行う収穫祭。
その年に収穫した新穀(主に米)を天地の神に供え
農作物に感謝し自らも食する儀式です。
飛鳥時代の皇極天皇以前から行われていました。
平安末期には衰え中絶していましたが、江戸時代東山天皇のときに復活しました。
元々は民間で広く行われていた行事だったようです。
人々が、その年の収穫を祝い、感謝したお祭だったのでしょうね。
古代に国家が統一されて、祭儀が天皇を中心とする宮中行事へ集約されたため
この新嘗祭も宮中の儀式のひとつになったようです。

小雪(しょうせつ)
11月23日頃(2012年は11月22日)。および大雪までの期間。
太陽黄径240度。立冬から数えて15日目頃。
二十四節気のひとつで、十一月の二十二日頃にあたります。
この頃は冬の気配もやや進んで、ときには雪もちらつき
また、晴れの日と曇りの日が定まらないという気候になりがちです。
「小雪」に対し、激しく雪が 降る頃、すなわち十二月八日頃を「大雪」と言います。
北国から雪の便りが届く頃ですが、まだ本格的な冬の訪れではありません。
雪といってもさほど多くないことから、小雪といわれたものだそうです。
陽射しが弱くなり、紅葉が散り始める頃。いちょうや柑橘類は黄色く色づいてきます。
次第に冷え込みが厳しくなってきますので冬の備えは整えておきましょう。
お歳暮の準備をする目安にも。
気象の「小雪」
気象庁の予報用語における「小雪(こゆき)」は
数時間降り続いても、1時間あたりの降水量が1mmに満たない雪のこと。
※北日本や日本海側の地方で「小雪」の表現が適切でないときは
「雪」の表現を用いるそうです。

十日夜「とおかんや」または「とおかや」
十日夜とは旧暦10月10日に行われる収穫祭で、東日本を中心に行われています。
西日本では旧暦10月亥の子の日や11月に、類似する収穫の行事があります。
その内容は地方によっても違いがあります。稲刈りが終わって田の神様が
山に帰る日とされているため、稲の収穫を祝ってお餅をついて食べたり
稲の茎をたばねた「わらづと 」や「わら鉄砲」で地面を叩きながら
唱えごとをして地面の神を励まし、作物にいたずらをする
モグラを追い払ったりします。また「かかしあげ」といって
田んぼを見守ってくれたかかしにお供えものをして
田んぼを見守ってくれたかかしにお供えものをして
かかしにお月見をさせてあげる地方もあります。
十日夜はお月見がメインではないため、月齢に関係なく
新暦の11月10日に祭りを実施する地方が多いようです。

[酉の市]
旧暦11月の酉の日に、各地の鷲(おおとり)神社、大鳥神社で行われる祭礼です。
(現在は新暦で行われている)鷲神社の本社は大阪府の堺市にあります。
わが国の古代伝説によれば、日本武尊(やまとたけるのみこと)は
死して白鳥に化した。
その化身の地に建てられたのが鷲神社だと言います。
酉の市では、おかめの面、宝船、大判、小判などで飾り立てた熊手が売られます。
この熊手を用いて福を掻き入れ、取り(鳥)こもうという語呂合わせによるもので
商売繁盛を期待する縁起物となっています。
酉の市は順に一の酉、二の酉、三の酉と呼ばれ
三の酉まである年は火事が多いと云われています。
これは鶏の鶏冠(とさか)が赤いことからの連想で
三の酉は二年に1回ほど回って来ます。
酉の市は本来、酉待(とりまち)と云いました。
まちは祭りを意味する古語で、「とりのまつり」の転訛したものです。
大阪の大鳥神社から関東に勧請された鷲(おおとり=大鳥)神社系で
11月の酉の日に行なわれる祭礼です。酉の日は12日に一度巡ってきます。
たいていは月に二回ですが、一の酉が月初めにあると
二の酉、三の酉まであります。三の酉まである年は活気がありすぎて
火事が多いという俗説があります。
※冬は、立冬から (暦上の冬)
「冬ごもり」というように冬は万物が成長をとめエネルギーを内に蓄える季節。
動物や昆虫たちは土の下で眠り木々は葉を落として根に養分を蓄えます。
冬でもせっせと夜中まで働いているのは人間だけかもしれません。

●『露隠葉月』(つゆごもりのはづき)
露は秋に一番よく見られ、秋という季節を象徴する風物でもありました。
旧暦11月は、初冬にあたります。
このころになると葉にかかる露も姿を消してしまいます。
凍って霜になるからです。
ちなみに「露見草(つゆみぐさ)」は薄(すすき)
「露取草(つゆとりぐさ)」は里芋(さといも)
「露湛草(つゆたえぐさ)」や「露玉草(つゆたまぐさ)」は蓮(はす)の異称。
どれも、葉に置いた露が美しく映える草花です。
・・・紅葉にまつわる言葉・・・
◆錦秋(きんしゅう)・・・紅葉が鮮やかな織物のような美しさを見せる秋のこと。
◆紅葉狩り(もみじがり)・・・山などに出かけ、紅葉の美しさを楽しむこと。
◆山装う(やまよそおう)・・・秋の山が紅葉によって美しく色づく様子。
◆初紅葉(はつもみじ)・・・初めて目にする色づいた紅葉。
◆照葉(てりは)・・・秋の陽ざしを受けて、照り輝く紅葉のこと。
または照葉樹の葉が紅葉する様子。



紅葉狩り
紅葉を鑑賞する習慣は、奈良時代から始まったといわれ
「万葉集」にも登場しています。平安時代の頃には貴族の間で広まり
紅葉を愛でながら宴を開いていたようで
紅葉を愛でながら宴を開いていたようで
その様子は「源氏物語」にも描かれています。
その後、江戸時代には庶民も楽しむようになり
季節の行事として定着していきました。
紅葉を鑑賞するのに「紅葉狩り」というのはどうしてでしょう。
「狩る」とは獣を捕まえるということですが
花や草木を探し求めるという意味もあるそうで
果物を採る場合にも使われます。「いちご狩り」や「ぶどう狩り」と言いますね。
採集するわけでもなく、紅葉を鑑賞するのに「紅葉狩り」というのは
狩猟を好まない貴族が自然を鑑賞するすることを狩りに例えたといわれていますが
定かではありません。春の桜は「花見」といい桜狩りとは言いませんよね。
やはり狩猟のシーズンの秋だから「狩り」という言葉を用いたのでしょうか。
また、当初、紅葉を集めて楽しんでいたのが
眺めることに変わっていったという説もあります。
beaujolais nouveau (ボジョレー・ヌーボー)
11月の第3週といえば、ボジョレー・ヌーボー解禁日。ワイン愛好家にとって
一年のうちで最も待ち遠しいイベントの一つといえるのではないでしょうか。
時差の関係により、先進国の中ではフランスに先駆けて
日本が最も早い解禁を迎えますが、お祭りめいたムードの中
午前零時から販売を開始するお店やレストランもあるようです。
近年のワインブームも手伝って日本でも知られる存在となり
いまや秋の風物詩ともいえる光景です。
さて「ボジョレー(Beaujolais)」とはフランス南東部に位置する土地
「ヌーボー(nouveau)」とはフランス語で「新しい」という意味で
その年に獲れたぶどうで作る新酒を指します。
つまり「ボジョレー・ヌーボー」はボジョレー地方の新酒という意味。
wikipediaによると、そもそもの由来は
「当地の農民が収穫を祝ったのが始まり」とあり
また解禁日が設けられた背景には、各メーカーがよく売れるヌーボーを
いち早く出荷しようと競い合うあまり、まだ出来上がっていないワインが
出回るようになってしまったという経緯があったようです。
リーズナブルで、ワイン初心者にも飲みやすいボジョレー・ヌーボー。
渋みが少ないため冷やしていただくのがおいしい飲み方だそうで
また期間を置いて熟成させるよりも
生産された年のうちに飲み切るのがベターなのだとか。

「霜消し」という言葉があります。
これは霜が降る夜の寒さを消すほど暖まるということから
お酒を飲むことをいいます。
霜が降りるほどの朝晩の冷え込みは骨身にこたえるもの。
特に、暖房が十分でなかった時代ではなおさらだったことでしょう。
江戸時代末期の歳時記では「旅人などの朝酒をいう」とあります。
当時の旅人は早朝に発ちますから、最も冷え込む時間。
少しからだを温めてから出発したのでしょう。
のん兵衛さんたちが口実に使った言葉ではないかという気もしますが
それでも、霜夜のしみじみとした風情が感じられて
味わいのある言葉ではないでしょうか。
冷え込んだ夜「霜消しに一杯どうですか」などと勧められると
つい「それでは…」となりそうです。


朝夕の冷え込みが厳しくなり日中でも
上着なしで過ごすのは少し辛くなってくる時期。
寒い北風が吹き始めたり、急激な冷え込みが襲ってきたりすると
体調を崩される方も増えてきます。
風邪の予防には「お茶でうがい」を実行しましょう。
お茶に含まれているカテキンには殺菌効果がありますので
外出から帰ったらすぐにうがいをする習慣を。
それでも風邪をひいてしまったら、薬に頼る前に
古くから伝わる民間療法を試してみてはいかがでしょう。
卵酒やショウガ湯などの他、角切りにした大根をはちみつ漬けにして
上澄みをお湯で溶いて飲む大根あめも効果的です。
とにかく「風邪かな?」と思ったら栄養のあるものをたっぷり摂って
暖かくして睡眠を充分に取ることが第一です。